これは、過去14年間に渡る私の教員生活のなかで起きた様々な奇跡の物語である。
それは、クリスチャン的な言葉では「証」と呼ばれます。
つまり、この現実の世界において神様が起こす奇跡を体験すること、そのことを第3者にシェアすることをそのように呼ぶのです。
本当にそれは数えきれなくて、、、でも書き残すことが今必要と感じて思い返しています。思い出せば涙が溢れるなあ。。。
ある中学校で教えたときは、とても荒れた中学校で、私は臨時講師としてたった3か月の期間でした。
とても授業が成り立つ感じでは無かったけど、一度でもゴスペルを知ってほしくて、意味を説明して1年生から3年生まで1回ずつゴスペルを歌いました。
授業が終わった後、2年生の男子が数人ピアノのところへ寄ってきて、「先生の歌ったゴスペルどこで買える?」「伴奏弾けるかな?」等々、質問責めに。
もう毎日が事件と戦争のような中学だったからこそ、その時の彼らの表情が忘れられません。ハレルヤ!神様は信仰のない子供たちの心にもタッチしてくれるのです。
とある学校では、小学校3年生の授業でいつも多動なうえに乱暴者でやんちゃな男子がいました。あるときみんなで「This little light of mine」を歌っていたら、突然前に出てきていつも置いてあったコンガを叩き出したのです。クラスの子どもたちは「えええ?」って驚きながらも、そのリズムが心地よくて、そのまま歌い続けました。
そしてエンディングもばっちり!!なんて素敵なアドリブ。
もう私は神様のパワーと聖霊の力がその子の心にダイレクトに届いているのを目の当たりにして、なんとも言えない満足感と愛を感じました。
全員が一つになり、いつもみんなに迷惑をかけてる子だけど、その日は大拍手とリスペクトに包まれ誇らしげに帰っていきました。
神様は誰にでも平等なんだと、どの子にも愛を注ぎその子を光らせることが出来るのです。その愛に私たちは満たされるべきです。今すぐに!!
ある学校では5年生の、この子も男子でしたが、学校が好きではなく、担任の先生ともあまり関係がよくなくて、段々休みがちになっていきました。
ある日、そのことじっくり話す機会があって、「死とは?こわいもの?」などいろいろな話をしました。聖書を引用したかどうかははっきり覚えていないのですが、「死はなくなることではないよ、命は永遠だから」という話をしたように思います。
少し安心した顔で、そのあとしばらく見かけなくなりました。
ある時、そのクラスでゴスペルの特別授業をしました。
そしたら、その子がわざわざ1時間目から授業に参加するために来てくれたのです!
ハレルヤ!!ゴスペルの歴史の話をどう感じたかまでは話が出来なくて、私は学校を変わってしまいましたが、きっと何かを感じてくれたんじゃないかなあ。。。
もう書き出したら止まらないくらい、一度も授業に出ない自閉傾向のある子も、ゴスペルの特別授業には来てくれて、皆の輪の中で「エーメン」を歌ったし、ある授業では子供たちの中から自然に「ハレルヤー!!」って掛け声が出たり、サッカー部の子どもたちがグランドで歌いながらボールを蹴ったりもしたり、ほとんどの子が「ゴスペル又歌いたい!」「来年もやりたい!」「神さま喜んでるよ!」などなど、、、、
全ての学校で数えきれない奇跡を私は経験してきたのです。
大人だけが「みんなが好きなわけない」とか、「マインドコントロール」になるとか、ネガティブな言葉を私に投げつけてきますが、すぐにそれを払しょくするぐらいのことが起きます。今も進行形で起きています。
子どもたちという最強の天使を私の周りに置いてくださるイエスは最高の人です。
イエスは子供たちを愛の光で包み、守って私にその光を反射してくれる。
こんな素晴らしい時間、瞬間、経験を14年間も私にくれている。
どんな豪華なものも叶わない。
地上に天国を置いて下さるのだから!!
ゴスペルがそこにあれば、神様の光がダイレクトにあなたに注がれます。
どんな困難も乗り越える力をくれます。
闇を光で照らす、地獄を天国に変える力。
学校にも、おうちにも、全ての場所にゴスペルを!!!!
日本中の子どもたちが神様の愛で包まれますように。
イエスの名前によってエーメン、エーメン、エーメン。。。。
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