前回は日本とキリスト教徒の歴史的な背景から、そこまで広まらなかったこのキリスト教の背景を見てきました。
1つは、カソリック布教時代のヨーロッパ諸国と徳川家や豊臣秀吉との断絶。
2つ目は日本人という独特な気質。真面目で誠実であるが故の繊細さ、警戒心などが原因ではないか?ということでした。
3つ目に世界大戦の影響として、宗教戦争を目の当たりにしたことで一神教への更なる警戒心が高まったということ。
この3つが挙げられるのではないかと考えました。
では、これを踏まえて私たちクリスチャンはどのようにこれからの伝道を考えていったら良いでしょうか。
日本人の人たちにしたら「え?そんなに無理に広めなくていいですよ。私たちそこそこ幸せですし」という声が沢山聞かれそうですが。(笑)
まあ、それでも、このキリスト教の持つ愛の力は素晴らしく、伝えずにはいられません。こちら側としては。。。ご容赦くださいね。
ここからは私の全くの個人的考えです。
日本人の警戒心というものを乗り越えるとしたら・・・やはり音楽のちからは重要ではないかと感じています。
特にアメリカで生まれたアフリカ系の人たちの讃美歌ゴスペルには普遍的な力が宿っています。
2000年前後に空前のゴスペルブームが起き、日本も沢山のクワイヤーが出来ました。
今もまだたくさん活動しているところがあります。
沢山のクリスチャンも生まれました(私もその一人)。
それでも、そこから先はまたもやシーン・・・・信仰はそこまで広まらず。
ゴスペルがどんなに素晴らしくても日本人のこころはまだまだ警戒心で一杯です。
かといって、「こんなに素晴らしい神様の愛があります」と言っても、少しどころかむしろ警戒心を強めてしまうような気がします。
周りを見渡すと、うまくいっているようなご家族にも沢山の問題が潜んでいます。
人間が逃れられない病気や、心の病、断絶やトラウマ、お金のトラブル、人間関係。
それらの何事もないという方は少ないと思います。
昔、日本人が病気の家族を思ってお百度参りしたように、現代の日本人にもともに祈ってくれる仲間や、心の重荷を下ろす場所や信仰は必要なはずなのです。
そういった健全で温かいコミュニティをどれだけ教会やミニストリーが創れるか?
そこもとても重要なポイントです。
1つの家族のような温かい場所。
そんな教会が増えて、素敵なゴスペルが流れてて、癒される場所。
心と体の処方箋があるような場所。
みんなで笑い合って、クリスマスをお祝いしたり、祈ったり、聖書を読んだり、子どもたちにも讃美歌を教えたり。。。。
親子でも、夫婦でも、ひとりでも気楽に参加できる。
そんな空間とスピリチュアルなエネルギーに包まれたら、きっとまたそこへ行きたくなるはずなのです。
そして真剣に祈ってくれる牧師や仲間たちが居たらなおのこと。最高です。
私が教えている沢山の子どもたちが言います。
「ゴスペル今日歌う?歌わないとなにかが足りないよ。つまらない。」と。
聖書にもゴスペルにも神様からのグッドニュースがいっぱいに溢れている。
それはだれにでも平等で、親しみやすく、必ず元気をくれる。
そんな場所をたくさん作らなくちゃ!
そしてみんなで神様の愛を分かち合おう。
愛がなくちゃ始まらない!
先ずは愛があって、ゴスペル、祈り、癒し、聖書の言葉、温かい人たち、温かいご飯もあればなお最高!
そんな教会が増えますように、また、私も自分のミニストリーを育てていきたい。
そしてもう一つは色々な人種が集まる事。
とても人間同士のエネルギーが満ち溢れるのです。
カラフルなエネルギーの渦が出来ます。
言葉の壁もイエスキリストという共通の価値観を通して超えられるのです。
ここが私の目指すところです。
人は違う文化に触れると心が豊かになります。
それは神様が与えてくれた祝福です。
人間たちが神様に似せられて作られて、とてもカラフルな世界になりました。
そのことが私の心をより豊かにします。
お互いの違いを分かち合ったときに「愛」が生まれます。
ハレルヤハレルヤハレルヤ!!
アメリカで起きたL.AのAZUSA ストリートで起こったリバイバルはまさにそういった集まりでした。
小さな家庭集会から、教会へと進化し、そこには日本人も韓国人も白人も黒人もいたと言います。
そしてその日は来ました。
聖霊に包まれた参加者は口々に異言を唱え、小さな子供までもが足の悪い人へ祈って、癒されたり、悪霊が出て行ったり、多くの人たちが病から癒され伝説の教会になったのです。
そんな日が日本に来るのもそう遠くないのかもしれないと、祈らずにはいれらません。
もうすでに起こっているかもしれませんね。
その火種が横へ横へ燃え広がりますように。
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