まだまだアフリカロスを引きずる私ですが・・・(往生際の悪さ)
一つ気づいたことは、アフリカの人たちは日本人ほどの経済的な余裕はない。
もちろんリッチなアフリカ人は沢山いるのだが、大半の庶民や貧困層は毎日暮らすのに
必死なのである。
だからなのか、民族性なのか、どちらもなのか分からないけど、日本よりも自分に対して絶対評価がるなと感じるのです。
この理屈分かりますか?(笑)
つまり、余計なものを持っていないほうが人間らしく生きられる。
そりゃあ、彼らもお金を稼いでる人や、学歴のある人をうらやましく思うとは思いますが、日本の相対評価よりはずっと人とは比べない性質があります。
人は人。自分は自分。それが徹底しているというか。
元々陽気な民族性という事もありますが、いろいろな人と接していると日本人と同じくらいシャイな人も多くて、みんながみんな陽キャでもないのですよ。
自分は自分の中にあるギフトを生かしていこうという主体性に溢れています。
だから付き合っていてもとても楽です。
変なプライドの高さもないし、人をジャッジしないし、なによりも「こうあるべき」
で縛らないからでしょう。
もちろん教会の戒律はあって、モラルにはとても厳しいです。
むしろ日本よりも。
でも、みんな自分の中の光を信じてるという気がします。
それが彼らといるときの自由な感じ、いごごちの良さなのかなと思いました。
私も日本ではかなり個性的なタイプだし、自己肯定感も高いタイプなので、逆に周囲に気を遣うことが多いですね。
日本では自分を否定していかなければ、「変な人」扱いだからです。
思っていなくても、とりあえず自分を下げておけば周りの人たちは安心できるのです。
不思議な社会ですね。
でも、アフリカではその必要が無いのです。
みんなそれぞれだから、一人一人主体性をもっているから、他人の評価も自分の評価もそこまで気にしてない。
自分は自分で神様から与えられたものを最大限生かして行く。
シンプルにそれだけで生きてる人が多いと思いますね。
日本は真逆で、SNSでも対面でも自分がどう思われているかという評価を心の中に持っているから、逆に人のことも評価したくなるのかもしれません。
だから心の探り合いになりがちです。
これが非常に疲れます。
神様は誰にでも光を与えられて、同時に罪も与えられて、私たちの成長を促しています。
一人一人絶対評価なのです。
だから、私たちはプライドを掲げなくても良いのです。
誰かよりも優れているとか、劣っているとか、そんなことは神様は全く思わないのだから。アフリカの人たちはそのことをとても良く理解しているのではないでしょうか。
日本はもっともっと固い殻を打ち破る必要がありますね。
何重にも鎧を着ているから。
代々木公園のホームレスのアウトリーチに行くと、皆さん、財産も家族も持たず苦労が絶えないと思いつつも、人間としてみんな平等に神様に愛されていると実感できます。
そして彼らは人を裁かないし、変に評価したりしない。
変なプライドをかざす人もいないですしね。
彼らと話をすることは、アフリカで感じた人間に対して寛容な心を感じます。
自分に対して「ありのままでいい」という肩の力が抜けた状態が一番自由です。
アフリカでの自由さはそこなのかなと。
だからアフリカの賛美は自由なんだ!!!ハレルヤ!!!
日本も見習うべきことが沢山あります。
自分にも人にも寛容になろう。
神様はそれを一番望んでおられます。
イエスの愛はいつもあなたの中にあるから。
アーメン。
#アフリカの愛
#人に寛容な愛
#絶対評価
#神様の愛は大きい
#日本の相対評価を壊せ
#ありのままでいい
#自由になろう