正直言うと、始まる前は開催に反対だった。
感染者は増えるし、ここにきて開催ってどんだけ?
自民党のやることは狂ってるよ、くらいに思ってた。
しかし、開会式を観たときに、奮闘する医療関係者には申し訳ないのだが、心の底から開催できたことが良かったと思えた。単純すぎか?
心の中で、180度気持ちが変わったのだ。
理由はいくつかある。
自国開催で、ほとんどの競技をリアルタイムで観るのは人生で初めてだった事。
開会式の時に226か国もの沢山の選手を見た時、なんて素晴らしいって思えた事。
世界はこんなに多くの民族や文化で溢れてるんだって、一度にこの日本にこれだけの民族が集まる事なんて、やはりオリンピック、パラリンピックしかない!
一つ一つの国の肌の色、特徴、個性、衣装、もちろん他民族国家もある。
違うということがこれほど美しいものかと、絶句した。
涙が出た。
世界は分断が進んで、紛争も終わりが見えず、貧困も解決する方法が見つからない。
なのに、それぞれの国が(もちろん参加出来なかった多くの国もあるけど)、この競技場に一緒に居ること。
私たちは一つなんだと思えた。
オリンピックをこんなに平和の祭典として見たことはないかもしれない。
そして、コロナ禍でみんなが希望を失いかけてた時に、自宅にいる時間が長く、オリンピックとパラリンピックをじっくり観ることが出来た。
こんなことも一生の内でなかなか無いのかもしれない。
世界中がコロナという共通の苦難を抱えてる中での、世界のスポーツの祭典。
間接的にでも、世界中の人たちと分かち合えた気がして、純粋に嬉しかった。
勿論アスリートたちの限界に挑戦する姿にも励まされた。
今回のオリンピック、パラリンピックは、競技前後のインタビューで「楽しめた」「楽しみたい」などの言葉が何回も聞かれて、それも明るい気持ちにさせた。
そしてパラリンピック。
こんなに地上波で放送するのも自国開催ならではかなと思う。
今まではハイライトでしか観てなかったけれど、今回はリアルタイムで観ることが出来たし、こんなに沢山の種類の競技と、障がいに合わせた工夫やルールがされているんだと驚いたり。
多くの人たちが、ハンディがある人たちの努力や挑戦に感動したり、励まされたり。
コロナ禍だからこそ、余計に心に来るものがあった。
ハンディのある人たちは、人間の幸せについて教えてくれる。
ハンディがあるから不幸、と決めつけるのはおかしくて、障がいがあってもとても幸せに人生の目的を持って生きている人たちも沢山いる。
こんな風にスポーツに人生をかけてる人たちも居る。
ただ、私たちが知らないだけだ。
幸せはその人が決める。
社会が決める訳でもなく、ましてや他人が決める訳でもない。
人はみんな一人一人が輝きがあって、存在する目的がある。
何だかいろいろと五輪委員会や、組織や、企業の思惑や、不愉快に感じたことも多かったけど、世界共通の最大のお祭りはオリンピック、パラリンピックだし、この灯を消してはいけないんだと改めて感じた。
それぞれのアスリートたちは、全身全霊で私たちを励まし、コロナ禍の世界に光を灯してくれたと思う。
ギリシャ人は自然環境が厳しくて、だからこそ、人間に焦点を当てて、彫刻やオリンピックを創り出し、人間を賞賛してきたと何かで読んだ。
神様の創造物は素晴らしいな。
カラフルでダイナミックで、時に泥臭く、愛おしい人間たち。
だからみんな、愛し合いなさいと神様に言われているような気がした。
ハレルヤ!
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#神様の愛