ハレルヤ!みなさん、もしかして相変わらず良い人を頑張ってますか?
それは承認欲求の最もスタンダードなパターンです。
人はなぜいい人をやめられないのか?
まあ、シンプルに嫌われたくないからですよね?
しかしそれは無理な相談です。
だって、この宇宙についてギリシャ時代から何千万人という科学者たちがこの宇宙を解明しようと頑張ってきたのに、現代でもたった4%しか解明できてません。
人間の能力なんてそんなもんなんですよ。
だから、他人のことなんてわかりゃしないし、万人に好かれるなんて無理ですよね?
そもそも家族だって分かり合えない時代に。
なので、分かり合おうとするのを止める、相手に好かれたいと期待するのを止める。
まずここからスタートですが。。。
そんなこと出来たら警察いらねーってことですよね?(笑)
さあー困った。
んじゃとことん限界までいい人やってみるといいのかもしれません。
そうすると、自分が病むか、家族が壊れるかのどっちかの結果になるからです。
それでも自分が可愛くてしかたなくて、全ての人に好かれたいとなると・・・
一体どうなるんでしょう?
心と体がボロボロになると思うのです。
そもそも、この社会は非常に歪んでいて、社会に自分を適応させようとすると、相当自分に負荷がかかるわけです。
だから、この時代はとことんわがままに生きるのがベストです。
もしくは、わがままな自分を演出して俳優になって、自分のペースを崩さないことが最も重要です。
例えば、行きたくない場所には行かない。
会いたくない人には会わない。
やりたくないことはやらない。
着たくもない服は着ない。
食べたくないものは食べない・・・等々
私が長年歌い続けている黒人のゴスペルは本当に自由です。
同じメロディ、リズムを歌うことはほぼなくて、ほとんどがアドリブという即興のスタイルを重んじます。
そして肝心なときが来ると、皆で一斉にそろえたりもします。
そのバランスが絶妙なのです。
ある私の生徒が言いました。
「ゴスペルは一人一人違うのがいい、でも一体感はある」
という名言を言ってくれました。
私たち人間はそもそも残念な出来具合なので、一人一人はとにかくわがままでいい。
たまーに、緊急時はみんなと協力しようよ。
って具合でちょうどいいのではないのでしょうか?
ゴスペルの歌のように、どこまでも自由を求めて続けて、なにかあれば仲間や家族と協力すればいい。
完璧な人間を目指すなんて、それこそ宇宙人に相談するくらい難しい!!
ゴスペルのように自由にきままに、そして時々みんなとハモってみるくらいな感じがちょうどよいですよ。
わがままで自由な自分を楽しんでいきましょう!
明日から勇気をもって、「それやりたくなーい」って言いましょうよ。
決していいひとじゃなくて、ユニークな人っていうポジション取りをお勧めします。
神の祝福を!
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