AiLydia’s diary

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異言についてー聖霊との会話

 キリスト教における「異言」は聖書にも記述がある。

旧約の時代に異言が話されていたか、研究者に委ねられるが、イザヤ書には異言が語られるという預言の箇所はある。

 

イザヤ書 28:11 (口語訳) 「彼は、『これは私の休息である、疲れた者を休ませ、この場所で安息を与える』と言ってくれるまで、異国の舌と、異なった言葉でこの民に語られる。」

 

異言とは現在ある既存の言語ではない、言語にならない言語のようなものである。

その人の霊的なものが聖霊により音として「霊」が語るというような現象である。

新約聖書には具体的な記述がある。

 

コリント人への手紙第一 14:4 (口語訳) 「異言を語る者は、自らを高め、預言する者は教会全体を高める。」

 

そして具体的にその現象が広まったのは20世紀初めのアメリカでのリバイバルである。

1900年初頭のロサンジェルスAZUSAストリートで起きた現象が広い地域で広まり、

多くの異言や奇跡、また解放が起きた。

これがペンテコステ運動となり、ペンテコステ派が確立したのである。

故意的に話されるものではなく、霊的な高まりの中で自然に言葉にならない言葉が湧いてくる現象であり、この現象はアフリカでも顕著で、アフリカのキリスト教ではごく一般的な礼拝の中でも頻繁に用いられている。

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以下CHAT GPTより

アフリカ大陸におけるペンテコステ運動の異言の現象に関する記述や報告は、20世紀初頭から現代に至るまで数多くあります。アフリカ大陸では、キリスト教ペンテコステ派が急速に成長し、異言の経験や聖霊バプテスマが非常に重要視されています。

アフリカのペンテコステ運動は、宗教的な喚起や霊的なリバイバルの中で特に顕著であり、異言が経験されることが一般的です。これは、信仰の強化や霊的な力の体験として、多くのアフリカのキリスト教徒にとって重要な要素となっています。

具体的には、アフリカの多くの国々で、ペンテコステ運動やカリスマティックなキリスト教の集会や礼拝で、異言の話し手が現れることが一般的です。これらの経験は、信仰の深化やコミュニティの結束を促進する役割を果たしています。

アフリカのペンテコステ運動に関する記述や報告は、学術的な研究やキリスト教の出版物、宗教的な報告書などの文献で見つけることができます。アフリカ大陸全体で、異言の経験は多様であり、それぞれの文化や地域のコンテクストに合わせて解釈されています。

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通常の言語よりも霊的なパワーを生み出しやすいというのがこの広がりの理由だと思われる。科学的でないだけに、こういったスピリチュアルな現象を拒む教会も勿論多くある。宗派によっては禁止しているところも多いだろう。

 

逆にスピリチュアルな現象に偏りすぎて、故意的に、つまり人間の欲によって話される異言も増えていると思う。

聖霊が下った時に湧いてくる「異言」とは本質的に違うものになってしまう。

 

最近の若い世代は、特に日本においては「異言」に対して常識的な現象と捉えるニューエイジが増えていると思う。意外だが、事実である。

海外では黒人の多くいるペンテコステ派や、人種に関わらず「異言、預言、解放」または「奇跡、しるし」のような超自然的な現象を求める教会では「異言」はひとつの重要なツールであるだろう。

 

個人的には、初めて異言を聞いたのは、アメリカのゴスペルの中に短く話される異言に心ひかれたこと。

そして米軍基地で洗礼を受けた時に、牧師が祈った時、異言を交えて祈られて水につかり、ものすごい聖霊の力を感じ号泣した経験から、最初はヘブル語だと思っていたが、後に我が家にステイしていたガーナ人の若い青年牧師から異言の祈りを教わるようになって、「ああああ、これが異言というものだったのか」と認識したのがきっかけである。

賛美中で短く話される時の異言も、長く祈られる異言もそれぞれに私の奥深くに富士山の湧き水のごとく、罪が洗われるような気持になる。

今はごく自然に毎朝の通勤時に日本と英語、そして異言によって祈る時間が私のとても大切な時間となっている。

「異言」は科学的に解明すれば出来なくもないだろうけど、そんなことはどうでもよくて、祈りのパワーが霊的に高められることは実感している。それが大事。

 

つい最近アジア系のクリスチャンと知り合い、彼はバプテスト派の教会で育って、異言を聞いた経験がないという。

アフリカンのオンラインプレイヤーに参加したら、衝撃を受け、非常に混乱し、しかし、本人は今異言について調べ始めている。

とても興味深いやりとりをしているところ。

 

これを読まれている方が、まだ「異言」に触れたことが無いのなら、ぜひ体験してほしいと思う。そこには「理性や化学」「理屈や自意識」を超えた世界があるから。

しかし、ただの雑音もあるので要注意。(笑)

これはパフォーマンスでは無く、自分を霊的に高める鍛錬のようなもの。

そして本当に聖霊が下る時、自分でも理解できない言葉が湧いてくるに違いない。

超自然的に湧いてくる「異言」は聖霊の言葉と言ってもよい。

人間の欲から生まれる「異言」はただのノイズ。

その違いにも気づけたら、より神様の声を聞き取りやすくなるのかなと思う。

 

神様は不思議な方。

そして素晴らしい!!いつだって!!

GOD IS GOOD ALL THE TIME !!!!

 

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